椅子は、引いてから座る。
椅子は、使っていないときの方が行儀がいい。
テーブルの下にきちんと収まり、誰の邪魔もせず、次の出番を待っている。
ところが、座ろうとすると、まず引かなければならない。
さっきまで遠慮していた椅子が、こちらへ出てくる。人を迎えるために、いったん場所を取るのである。
靴を履くときにも、似たようなことがある。
しまってある靴は小さくまとまっているが、足を入れようとすると、かがむ自分の分まで場所が要る。
物の寸法だけでは、なかなか済まない。
例えば、机の上の紙に、テーブルと椅子を描くとする。
椅子を四つ、きれいに並べる。誰も座っていなければ、実に整って見える。
ここへ人が来る。
一脚を引き、体の向きを変え、腰を下ろす。荷物があれば、そちらの行き先も決めなければならない。
紙の上では静かだった席が、急に動き始める。
食事が終われば立ち上がる。
椅子を戻してから立つ、という順番では具合が悪い。座るにも立つにも、少し外へ出る時間がある。
自分は、この使う途中の姿が気になる。
写真に写る位置と、使っているときの位置が、同じとは限らないからだ。
テーブルの端と壁の間を測るだけなら、数字は一つで済む。
そこに椅子があり、人がいて、その後ろを別の人が通るとすれば、話の登場人物が増えてくる。
通る人は、図面の細い矢印のようには歩かない。
肩幅もあれば、持っている物もある。急に立ち止まることまである。矢印は、ずいぶん従順だ。
空いているところを見ると、もう一つ何か置けそうな気がする。
ただ、その場所は、今は何もないだけで、後から誰かが使うのかもしれない。
椅子を引く。振り向く。すれ違う。
物を置かない場所にも、案外、出番がある。
とはいえ、余裕があればあるほどよい、という話でもないのだろう。
席の間が離れれば、隣の人に声をかける距離も変わる。同じ人数でも、集まっている感じは少し違う。
店の広さを考えているはずが、いつの間にか、人が腰を下ろすまでの動きを追っている。
床の面積は変わらないのに、使っている部屋は、じっとしていない。
それに比べると、閉店後にそろった椅子は静かだ。
仕事が終わると、また行儀がよくなる。
人間の方も、そこまできれいに片付けばよいのだが。
2026.10.30